2016年6月13日

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ダバオ市長時代に何をした? フィリピン新大統領・ドゥテルテの素顔

ダバオ市長時代に何をした? フィリピン新大統領・ドゥテルテの素顔

アキノ大統領の任期満了に伴い、先月5月9日からフィリピン大統領選が行われ、開票の結果、ミンダナオ島ダバオ市のロドリゴ・ドゥテルテ市長(71)が勝利を収めた。長年フィリピン政治を独占してきたマニラ首都圏の候補者を抑え、ミンダナオ島出身者としては初の大統領となったドゥテルテ氏に今、フィリピン国内外のメディアが熱い視線を送っている。

 

フィリピンでは「ダーティー・ハリー」「粛正人」の異名を持ち、日本的に言えば必殺仕置人とでも言うべきイメージで、20年以上に渡りミンダナオ島ダバオ市の市長を務めてきドゥテルテ氏だが、その活躍は日本ではあまり知られていない。

 

ドゥテルテ氏は選挙期間中、「犯罪者は八つ裂きにする」「腐敗した官僚や警察は皆殺しにする」などと暴言を吐きまくり、犯罪者の処刑を行う暗殺団への関与を認めるなど、常識では考えられない発言で多方面から非難を受けた。しかしこの発言の裏には、一時は犯罪都市とも呼ばれたダバオ市を、自らの鉄拳制裁で安全な住みやすい街へと作り変えた、という実績があった。

 

ダバオ市はドゥテルテ氏が市長となるまで、市内で殺人、麻薬売買、強姦等の凶悪犯罪が多発しており、フィリピンで最も危険な地区のひとつとされていた。市民は20時以降の外出を控え、街を自由に出歩くことすらままならない状況であった。しかし同氏が市長に当選してからは状況が一変する。ドゥテルテ市長はその剛腕・鉄拳で瞬く間に犯罪者や麻薬使用者を粛清し、様々な条例を制定、新制度を次々と施行して、ダバオ市をフィリピンで最も治安の良い街へと変えた。

 

本コラムではロドリゴ・ドゥテルテ次期大統領の素顔に迫るべく、第一回目として、生い立ちから市長時代の実績とその人気の理由を、二回目はドゥテルテ氏に付きまとう様々な噂について、そして三回目は大統領就任後の政策と今後の政府の見通しを、連載で皆様にお届けしたい。

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<生い立ちから市長就任まで>

ロドリゴ・ルディー・ドゥテルテは1945年、フィリピンで最も貧しい地域のひとつと言われるレイテ島南部マーシンで誕生、父親は弁護士・州知事、母親は教師、という比較的裕福な家庭で育った。小学校は地元の公立小学校に進学するも、後にダバオ市の公立学校に転校し、そのまま同市内の公立小学校を卒業。高校は近隣の私学に通い、上京して大学へ進学、首都マニラの大学で政治学を学び、1968年に卒業している。

その後、法科大学院に進み、1972年に司法試験に合格、司法修習生を経て検事となる。1988年にダバオ市の市長選挙に立候補し初当選。その後、市長、下院議員等を歴任、憲法の多選規定のため、途中で副市長となるも、2013年から7期目のダバオ市長を務めている。

ドゥテルテ家は中部セブの出身であり、父親は州知事以前は、セブのダナオ市で市長を務めていた。親類にはセブ市の市長を務めた者もおり、政治とのつながりは強い。母親の家系は中華系であると同時に、イスラム首長(王家)の流れを組むといわれている。

<市長時代の実績>

ここではドゥテルテ氏の市長時代の実績を紹介する。

【1】 911(24時間対応の緊急センター)の導入(2002年9月施行)
日本の警察、救急、消防などにあたるのがこの911。緊急事態が発生した際に、911に電話するといつでも繋がり、緊急車両が年中24時間いつでも駆けつける。現在、911制度はフィリピンではダバオ市及びキダパワン市の2つの自治体でのみ導入されている。ダバオ市以外でも、国内で自然災害や天災等が発生した際は911の緊急車両が現場に向かうこともある。

【2】 花火の禁止(2002年施行)
フィリピンでは新年を祝う行事として、年が明けた瞬間に花火を打ち上げる慣習がある。しかしながら、毎年花火の事故で怪我人や死亡事故が多発しており、社会問題にもなっている。ダバオ市では事故防止のため、2002年より年越しの花火使用を禁止した。年越しには、花火の代わりにおもちゃのラッパを吹くことを推奨しており、現在では年末年始にラッパフェスが行われるほど、この制度は浸透している。

【3】 公共の場、公共施設での全面禁煙制度を導入(2002年施行)
公の場や施設での全面禁煙制度を東南アジアの都市で初めて条例として導入した。これにより、飲食店の店内、飲み屋、オフィス内、道路、ショッピングモール等も全面禁煙となり、喫煙所以外の場所での喫煙は取締りの対象となった。警察官による取締りも強化され、現在ではダバオ国際空港内、国営カジノ内も、すべて禁煙エリアとなっている。外国人も取り締まりの対象であるため、愛煙家の方々はくれぐれもご注意いただきたい。

【4】 酒類の販売禁止(2003年7月施行)
未成年者の飲酒・犯罪防止や、街の治安維持のため、夜中1時から朝の8時まで酒類の販売禁止令を施行。現在までスーパー、コンビニ、飲食店等すべてに適応されており、違反した場合、店の営業許可取り消しとなる。

【5】 市内に清掃員・ゴミの分別制度を導入(2011年7月施行)
街の景観維持と市民のモラル向上、また地域の環境問題解決に取り組むべく、ダバオ市内に清掃員とゴミの分別制度を導入。清掃員の導入で街中は常にクリーンな状態に保たれている。ゴミの分別制度ではゴミの回収場所を指定し、専用の回収ボックスも設置。またゴミの種類別回収日を指定し、違反者には厳しいペナルティーも課すことで、ルールを徹底させている。

【6】 国内初の少数民族議員枠を市議会に導入(2011年12月施行)
フィリピンは一般的には、大多数のカトリック教徒と少数のイスラム教徒で構成される国であろう。しかし国内には、いずれの宗教にも属さない人々(ルマド・少数民族グループ)も多く存在する。彼らはマイノリティーであるがゆえ、行政に意見が反映されず疎外されてきたが、ダバオ市ではドゥテルテ氏が市議会に議席枠を設けたことにより、少数民族の政治参加が可能となった。この功績は多くのルマド・少数民族グループに支持されている。

【7】 72時間以内の営業許可書発行規定を導入(2013年7月導入)
フィリピンの役所はとにかく仕事が遅い。署名ひとつでも丸1日かかるということも多々ある。ダバオ市では、ビジネス・投資の呼び込み促進のため、必要書類を揃えれば、営業許可書が72時間以内に発行されるというルールが設けられている。それ以上時間がかかってしまった場合は、申請者から苦情を申し立てることも可能であり、そのときは市長自ら担当者に言及すると約束している。

【8】 車両のスピード制限の導入(2013年10月施行)
市内でのスピード出し過ぎによる乗り合いバス(ジープニー)の死亡事故を教訓に、市内道路にスピード制限が導入された。特に市街地では30km以下と厳しく設定されている。街中で警察官や陸運局職員による車両スピードの取り締まりが頻繁に行われている。余談だが、上記死亡事故を起こしたジープニー車両はその悲惨さを市民に知らしめるため、しばらく道路脇に放置されていた。

【9】 公務員の不正・汚職警官の撲滅、防犯体制・パトロール強化
汚職・不正の取り締まりに関しては厳しく取り締まる、との発言を繰り返しており、市民からの報告には即座に対応している。また治安向上のため、市内に大量の監視カメラを設置し防犯体制の強化を図る傍ら、時には自らハーレーに跨がって街を巡回し、ある時はタクシードライバーとして街中をパトロールしながら、市内を見守っている。

【10】 アジアの最も住みやすい都市20に選出される
ダバオ市は2008年にフィリピン政府観光局から、フィリピンで最も住みやい都市の称号を授与された。またニュース雑誌アジアウィークによると、アジアで最も住みやすい都市20において、ダバオ市は2000都市中17位にランクイン、また同雑誌の年間ベスト都市ランキングにおいても、4位にランキングされている。さらに「フィリピンでもっとも清潔で自然豊かな都市」にも選ばれ、人口1000人に対する病院の病床数、人口1万人対する犯罪事件数、GDP成長率、失業率、子どもの識字率等もフィリピンの他の都市より、良い結果を残している。

上記はドゥテルテ氏の実績の一部にすぎないが、これ以外にも数々の政策を制定し、即座にまた確実に実施してきたことにより、ダバオ市がフィリピンで最も安全な街と言われるまでに至ったのである。ロドリゴ・ドゥテルテ市長が何故市民から絶大な人気を得ているのか、との問いの答えはこのあたりにあるだろう。

それではなぜ、ドゥテルテ氏は政策を即座に実施に移し、市民の目に見える形で成果を上げることができたのだろうか。次回は、ロドリゴ・ドゥテルテ市長にまつわる様々な「噂」を中心に、その理由に迫りたい。
 
<続きの記事はこちら>https://www.digima-news.com/20160615_5646
 
文・長谷川大輔(株式会社クリエイティブコネクションズ&コモンズ)
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